OPINION9村林005

【論評・提言005

 <日本のカタチ考(その1):背景と論点・視点>

・人口減少時代、成熟時代、人生100年時代、空家増大、インバウンド、地方創生、消滅自治体、災害日本、年金不安等と日本の将来を不安視し、そのバラバラの対応等の言葉が巷に溢れています。確かに、これまでは人口急増、科学技術の進展等が早かっため、その対応に終始しましたが、今後は全体のパイ減少そして他に先例がない状況への対応が求められており、難しさはさらに増大しています。

・今こそ、小手先の対策では無く、現状を正しく認識・共有した上で日本の将来を見据えた議論と目標とする日本の将来の姿を明確にすることが重要です。

・明治150年を迎えましたが、時代の転換期でもあり、各論と並行して日本の将来の姿を皆で議論し、構築することが求められていると思います。昭和100年記念もいいかもしれません。

・この新たな「日本のカタチ」の提示には「想像できないことを想像することが求められており、それは創造力が必要です。その意味では、1980年代後半にアップルが作成した、アップルによる将来社会像のプロモーションビデオは秀逸でした。30年以上前にPCもスマホもインターネットも無い時代にあたかもそれらがあるような社会イメージをうまく、驚きの表現で提示していました。まさに想像力とはこれだという感じでした。

今後一定の時間をかけて、議論が必要とされますので、本稿でその第一歩を記載してみた

かつての日本の将来像に関する検討

日本の未来像については明治時代から各分野で議論されてきましたが、総理府主催(佐藤栄作総理大臣)で半世紀前の1968年に明治100年を記念した「21世紀初頭における日本の国土と国民生活の未来像の設計」を課題とした大規模なコンペがあったことを記憶している方はどのくらいいるでしょうか?これは10チームが参加し、3年間かけて提案がつくられて、早大チームが最優秀賞に選定されました。当時はまだインターネットもPC等も無い時代でしたが、「ピラミッドから網の眼へ」等の示唆に富む意欲的なものでした。

このとりまとめ役の中心人物のひとりであった恩師の戸沼教授(現日本開発構想研究所理事長)の退官の際には私共等研究室卒業生たちで日本のカタチを議論しました。この際は組織的でもなく時間もかけていませんでしたので、全員でのまとまったものではなく、個々の考えでしたが、常に将来の日本のカタチを考えていることが重要だと思っています。

また、この課題は専門家だけで議論するのではなく、国民一人一人が自らの将来として考えるべきことです。

明治150年に当たる2018年では、その類はありませんでした。内閣府は2016年に「人口、経済社会等の日本の将来像に関する世論調査」を実施しました。これは毎年様々なテーマで実施される世論調査のひとつですが、各論ではなく、「日本の将来像」という大きなテーマであることが特徴でした。ただ、一般国民を対象とした選択肢によるアンケート調査であるため、日本の未来が明るいか暗いか、成長か豊かさか、将来への不安、一極集中の是非等の項目でした。

https://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-shourai/index.html

第5次全国総合開発計画である「21世紀の国土のグランドデザイン」では、それまでの総合計画と一線を画すということで、このような名称となりました。

その後は全国総合計画後の新たな国土計画である国土形成計画策定(平成20年)後に2050年を見据えた「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」(平成26年7月)としてまとめられました。これを基に第二次国土形成計画(平成28年7月)が策定されました。グランドデザインは成案では、前の骨子では明示されていた3つの理念は明示されておらず(趣旨は他の項目に含まれていますが)、一方で、目指すべき国土像は基本戦略の後に置かれています(ここで初めて、「対流促進型国土」が明示されています)。議論の末にこのような構成になったのだと思いますが、やはり、「理念」があり、それを踏まえて「国土像」が作られ、その実現のために「基本戦略」がある構成の方が腑に落ちるように思います。

この間、平成23年に「国土の長期的展望」(中間まとめ)等はありましたが、日本の将来像等を正面から議論する場はありませんでしたし、中間報告のみでした。

第二次国土形成計画策定後の2017年から「2050年研究会」が2年間実施されました。これは国土全体の将来像というよりは個々の分野の専門家、実務家等からの知見を得るものでした。

※1:2050年研究会

平成27年8月に第二次国土形成計画(全国計画)が閣議決定(平成28年3月広域地方計画が8つの圏域で策定)されましたが、一方で、計画策定後も国土を取り巻く状況の大きな変化への対応として中長期の視点から、国土構造に与える影響を検討しました。以下の4つの問題意識に基づき、学識者、第一線で活躍する起業家・イノベーター等を含む様々な分野の有識者からヒアリングを行い、国土構造に影響を与えうる各分野の動向に関する知見を得ることを目的として「2050年研究会」が発足されました。これまで23回開催。

(1) 産業の構造的な変化と2050年の経済の姿

(2) 世界・アジアの経済動向の変化とわが国への影響

(3) 人々の暮らしとライフスタイルの変化

(4) 地域の姿、東京と地方との関

我が国では国土計画が策定されていますが、国土計画は一定の国土像の実現のための計画であり、これに基づいて各種の施策が講じられます。この意味では、国土計画策定毎に国土像が検討・策定されてきたとも言えますが、これはカならずしも日本の未来像や社会像とは異なる性格のものです。

そして現在(平成31年10月)、「国土の長期的展望専門委員会」が国土政策審議会計画部会に設営されました。ここでは、2050 年までの国土の姿を描き、長期的な課題を整理するために2050 年までに我が国の国土や人々の暮らしがどのように変化しているかを調査・分析し、今後の国土づくりの方向性について議論を行うようです。

この10年ぐらいに関連の議論が進みつつありますが、今回の委員会でこれまでの「国土の長期的展望(中間まとめ)」、「2050年グランドデザイン」や「2050年研究会」を踏まえて議論されるようですが、将来の社会像等を明確にすることが期待されます。計画は目標を実現するためのものですので、目標が長期に亘る普遍性があることが望まれます。

また、国土像ではありませんが、首都圏将来像も検討されたことがあります。石原知事時代に東京の将来計画を策定するにあたり、首都圏全体の長期的な検討、2050年の社会像をイメージする必要があるとの考えのもとに検討されました(メガロポリス構想として発表)。

その検討のお手伝いをしましたが、なかなか、困難なものでした。

その理由は端的に言うと「想像できないものを想像する」ことが求められるからです。すでに間近に予想されることは長期的な目標とはなりません。したがって、50年後の生活像・社会像を求めたのです。当時の各分野のしかるべき専門家数十人に、分野別の長期展望そしてそれが社会・生活にどのように影響し、何が起こるのかをヒアリングしました。

しかし、結果は当時の時点で予想されること以上のものは出されませんでした。要は個別分野の専門家であることとその成果を使いこなした将来のライフスタイル等の社会の将来像の想像は別物だったということです。

特に問題だったのは我が国の将来像の想像(本来は「創造」)に必要な国際関係、経済・金融の将来の予想が誰も出来ないことです。確かに国際情勢は複雑さを増すばかりであり、人種・宗教・経済・文化等の複雑怪奇な集合体ですので、簡単には紛争等は収まらないことは誰にでも分かります。それでも、中世以来の様々な状況を踏まえて一世紀後には一定の安定的な国際社会が構築されているのか否か、同時に経済環境は国際的に均衡し始めているのか等を知りたいところです。結果としてどのような国際社会になるかまで分からなくても100~200年後もいつまでも紛争は続き、貧富の格差は縮まらないとの予測があれば日本人の生活像もそれを反映し、外交、軍備から外国人受け入れ、町の作り方、経済政策までそれに応じたものになるでしょう。

ということで、当時は専門家による社会像はあきらめて、ヒアリングをある程度参考にしつつ、国民の生活スタイルを複数想定して、これをもとに一般都民と専門家にアンケート調査を実施しました。ここで設定した生活スタイルは現状を伸ばして、各分野での考えられる範囲での影響を加味したものにとどまりました。

また、前提条件でもある人口などの予測値自体も課題です。人間の創造力、想像力は大したものですが、数量的な推計値は簡単には出せませんし、科学的に予測できるものはできるだけその値などを参考にしたいところです。

首都圏レベルでも幹線道路や鉄道等の整備により人口の配置がどうなるかはなかなか想像できません。これは専門家が算定する必要があります。これもピンからキリまであり、単に現状を延長するものから、因果関係を反映したものまであります。少なくともインフラ整備と土地利用、地価等との相互関係が反映されなければ推計値としては意味がありません。これには均衡型のモデルであることが不可欠ですが、ほとんど使われていません。当時、私共はそのモデル自体も開発したため首都圏の人口配置を予測しつつ、議論ができました。

もちろん、推計値をそのまま使うのでは計画にならないので、その値となる原因を探り、必要・可能であれば予測値を変えるべく計画、政策を立てることになります。

今後、将来像や社会像を検討するには上記の経験から、前提となるような各種予測値はできるだけ共有すること、そして、正確な手続きで算出することです。地方創生でも人口研の推計値をベースにして消滅都市等と騒がれましたが、本来は新幹線網、航空路線網、高速道路などの整備条件を反映した人口予測でなければ議論の材料としては不十分です。

そして、分野別に議論することはするとしても社会像を「創造」することが重要です。

関連の計画等

日本の国土に関する計画として全国総合計画、国土形成計画、そして、その他、国土強靭化計画、ソサイエティ5.0*、明日の日本を支える観光ビジョン等が策定され、その中で、将来の日本の姿やあり方等について議論されています。

全国総合計画や国土形成計画では策定時の目標があり、それが国土の目指す姿の役割を果たしています。「地域の均衡ある発展」から「対流促進型の国土形成」まで、ソフト的ハード的なものまでそれぞれの時代の認識を表してきました。

<これまでの国土計画>

 

 

出典:国土交通省

何故、今、「日本のカタチを考える」のか

人口のピークを超え、超高齢社会になることは確実であるため、この状況の中で効果的な計画・政策を立てることためには我が国の目標となる将来像を考えることが重要であると思います。

かつての高度成長期等のようにすべてが拡大し、その拡大需要への対応が喫緊の課題である時代はその緊急的措置が優先されます。その過程では地域の発展のバランスをとること自体を大きな課題(そして、ある意味の目標)として、全国総合開発計画や関連の施策が講じられてきました。今後は社会の変化を先読みして、新たな目標を立てて、その実現に向けて計画・施策を立案することが必要であると思われます。

さらにいえば、超高齢社会のモデルはまだ世界に無いことそして、真の人種を超えた共生社会のモデルもありません。すなわち、我が国自身の行方としての目標とともに世界のモデルとしても位置付けられるということです。

その際には、予測的な意味が強い「長期展望」よりは「社会像や未来像」という目標となる言葉の方が良いと思われます。もちろん、数段、難しくなります。

このこれまでにない状況を鑑みて目標を立てることは要するに、「想像を超えたものを想像すること」という矛盾した難しいお題となります。

言い換えると「想像」から「創造」へと考え方を変える必要があります。

その意味では各分野の専門家よりはクリエイティブな職種の若い世代の方々の方が適任かもしれません。しかし、一方で関連する分野での専門的な知識が想像・創造に影響しますので、難しいところです。

従って、国は多くの専門家の知見により、分野ごとの長期的かつ正確な予測等を整理・提示することが大きな役割となります。

国の将来像を考えるための視点

国の将来像は非常に多面的な複雑な議論を要しますが、本稿では3つのカタチとして構成して考えてみます。そして、外部環境として国際的な政治経済・地球環境面を考慮する必要があります。

社会のカタチは目指す将来の社会の目標と言えます。国土のカタチは社会の目標を国土空間や都市空間という具体の将来の姿です。そして、制度のカタチはこれらを実現するための法制度面の方策です。

これら相互の関係も含みつつ、主要な事項例と検討の視点等を挙げてみました。

3つのカタチ

① 社会のカタチ 

国の将来の社会像を表し、これが将来目標ともなります。ある意味、理念を表すものでもあります。理念がないハードや制度は持続しません。

・国の統治形態:日本は幸いなことに2000年以上の一貫した統治のもとにありました。他国が数千年の長期にわたって、戦争や王朝奪還の繰り返しをしてきたことに比べて、大変安定した社会構造を維持してきました。これは大変重要で貴重なことですので、今後も継続して、まさに持続的社会を実現させたいものです。

・社会の安定:上記のことに加えて、差別意識が無く、他を思いやる国民によるコミュニティは世界に見られないコミュニティでありこれも継続したいものです。

・国の社会像はまずは個々の個人の生活の将来像に基づく:個々が「人生100年時代」をどのように人生設計するかです。単に「65歳で退職し、その後をどうするか、年金だけでは足りないし」ではなく、若い世代から健康管理を重視し、本当の意味で健康寿命を延ばしつつ、100歳までの人生の将来像を描くことが重要であり、それらにより社会像が浮かび上がるのだと思います。

・人口減少対策としての外国人受け入れへの対応:すでに増加しつつ外国人との関係をどうするかです。これまでに無い真の多様化社会を創れる素地があります。また、かつての日本からの移民を振り返ってみることも重要です。

・大都市、地方でのコミュニティ再構築:希薄な人間関係を望んだ大都市では終の住まいとしての濃密な人間関係ができつつあり、新たな外国人を含むコミュニティが重要となり、非個人型の地方の都市・農村等では、ストックを活かした都市型のコミュニティへの転換が求められます。

・安全・安心:治安の高さはこれまで以上に維持することが不可欠であるとともに、災害危機への対応をこれまでの経験を踏まえつつ、強靭な社会とすることがさらなるポイントです。

・私権と公共の福祉との関係:憲法議論に遡るかもしれませんが、所有権等の私権が

公共の福祉に比べて強いと言われています。これにより様々な問題が生じてきています。

・少子化の抑制:少子化の最大の要因は未婚です。従って、人口増加を狙うのであれば、保育園の拡充よりは結婚の推進の方が効果があります。絵にかいたような熱愛の結果としての結婚はあまりないでしょうから、外部からの「余計なお世話(おせっかいな仲人等)」があれば促進されます。また、海外のように子供の認知や結婚自体の考え方を変えることも促進策ですが、どうでしょうか。未婚の母の増大により子供が増えたとして、それが目標とする社会像のかをよくよく考える必要があります。

② 国土のカタチ

インフラや土地利用などのハード面からのアプローチです。日本では国土計画が策定され、その都度、国土のカタチのイメージ・目標が策定されてきました。

・インフラ整備と人口配置:全国ベースの人口予測値は諸前提の下に適正ですが、自治体別予測、すなわち、全国での人口配置はインフラ整備の影響・効果を踏まえて算定する必要があります。これに基づいて新たなインフラや諸施策を講じることが必要です。上述しましたが全国ベースの人口は封鎖人口(+外国人)レベルでほぼ正確に予測可能ですが、地方での人口配置は均衡型のモデルでないと推計できません。その結果はおそらく、社人研の推計と思わぬ違いが出てくると思われます。複数のインフラ整備を前提にした人口推計をし、その結果を見ながら地方のあり方を考えるべきです。

・一極集中構造:東海道新幹線の整備がすなわち、東京への集中を是認しているのであり、現状の一極集中状態は必然です。経済圏毎に中心がありますので、新幹線整備によって日本全体が一つの経済圏となったので当然、中心は東京ひとつになります(その前は大阪との2極)。農村から都市、都市から中心都市、中心都市から中枢都市への集中は必然であり、これは不可逆的として考える必要があります。その上での地方創生を考えることになります。従って、地方に多くの人口を戻す、多くの企業を呼びこむことは考えられませんのでその他の方法を探ることが重要です。

リニアによるスーパー・リージョンも想定されていますが、大阪まで延伸した場合効果のあるのは主に岡山・広島エリアだと想定されますので、これで国土再編のカギと考えるのか、東海道新幹線の補完と考えるのかです。後者だと思われます。

・都市と農業・林業・漁業等を一元的に捉える:国土利用計画ではこれらが縦割りになっています。言い換えると相互不可侵の約束事です。農業や林業そして漁業の在り方は大きく変化しているため、一度、すべての土地利用を包括的に見ることが不可欠です。下河辺氏が生前強く主張していた農業への積極的な取り組みを行う中で都市と農業との新たなあり方を構ずることが必要です。

また、下河辺氏が亡くなるまで、生前、農業の再編を強く主唱していたことが印象に残っています。

・国際的地政学の中でのポジション:日本の国土のカタチは国内の産業や社会構造の論理だけでは決まりません。国際的な地政学の中での政治経済面での関係が反映します。また、地図を逆さまに見るなど文字通り視点を変えると国土の在り方も違って見えます。以前、早大チームがこの逆さに見る提案で示したように日本海側エリアそして南洋諸島方向のエリアの重要性に改めて気が付きます。

③ 制度のカタチ

近代的法制度を導入し以降、社会経済の変化の中で法制度は変遷してきましたが、新たな社会のカタチ、国土のカタチを実現するための新たな考え方や改正が必要となります。法制度や補助制度は非常に多くありますし、目標次第ですので、ここでは気になったいつくかの事項のみに触れます。

・法律の抜本的改正:民法がようやく大きな改正をされますが、これまで当初の社会状況の変化に対しては特別法などで対応してきていますので、分かりにくくなり、使いにくくなるなど限界がきています。民法も特別法で補完してきましたがさすがに限界にきており、昨今の大改正となりました。他の基本的な法律等も将来の社会像を目標にして大きく見直す必要があります。法律はあくまで国民生活・企業活動を円滑に進める、紛争の合理的解決を図るものですので、法の裁きは誰もが納得する常識的なものでなくてはなりません。

・社会のカタチや国土のカタチを目標にして制度のカタチが決まります。例えば、地方の自治体の破綻が今後増える可能性があります。英国では国に資金が無いため自治体はとにかく民間と連携して資金を確保する、隣接自治体と連携して他の地域との競争に勝つ等の厳しい取り組みを強いられています。中央官庁でさえ、オフィスは賃貸、自宅勤務等のコスト低減措置が取られています。その点、日本の自治体は交付金制度や豊富な補助金等の支援に恵まれています。しかし、今後は続かないと思われますので、自治体間の厳しい競争を図ると同時に、国の直轄エリアがあってもいいのではと思います。破綻した自治体は国の管理下に置かれますが、その前に思い切って国の直轄として国から職員を出向させマネジメントされるのもいいかもしれません。

・土地利用計画・規制・誘導の一元化:国土のカタチで触れましたが土地利用等についての法律や関連制度が縦割りになっています。今後の適正な国土利用を誘導する際には農地や宅地の現状を踏まえて新たな土地利用計画などが必要とされますので、一元的に検討する必要があります。

・開発諸制度の一元化:市街地再生は大都市も地方も同様の大きな課題です。これまでは宅地開発と都市開発、新規開発と再開発は別々の法制度で規制誘導してきました。しかし、市街地の状況の変化に応じて宅地開発と上物建設そして再開発を併せて実行する必要が出てきます。具体的には土地区画整理事業と市街地再開事業を同時に施行するようなケースです(実際には一体的施行等は実施されてきています)。今後は市街地のカタチに関わらず戸建て、マンションの混在地区において区画整序と建替え等を応じに行えるような市街地再生包括制度のようなものが必要とされます。

 ◆2つの外部環境

以上のカタチを考えるためには下記の国際的な外部環境を把握することが必要です。しかし、これらの国際的・地球レベルの事項についてはなかなか長期的に展望することは難しい面があります。逆に、日本の行動が世界に大きく影響を与えることもあります。

  1.  社会経済・国際

・国際環境予測の難しさ:将来像の議論で難しいのは数十年後の国際的な景気予測や国際情勢の判断ができないことに大きな要因があります。国際情勢は東西冷戦の終了後はさらに不透明感が強まっていますし、経済学者やアナリストは数年後も予測できません。

・我が国は国際的な環境下において多様な影響を受けざるを得ないため、これらを背景にして考えることになります。分からないでは済まないのですが、誰に聞いてもおそらく予測はできないと思います。また、そろそろ、我が国が国際情勢に影響を与える時代が到来すると考えるべきかと思います。

・従って、大雑把に言って、上記の国際的環境が①かなり改善されている状況、②さらに悪化している状況の2つのケースを国際情勢として与件とするしかないと思われます。

  1.  地球環境問題 

・真の地球環境問題とは:地球温暖化問題はCO2 の増加が要因であるといわれており、深刻さが増すと予測されています。これに対する異論もありますが、環境に負荷をかけないこと自体は良いことですのでその方向で対応することは良いことだと思われます。一方で、従前は石油の枯渇が危惧されました(1970年代にはあと30年で石油が枯渇する等といわれた)が、未だに石油は産出され続けて、国際的な政治取引の道具となっています。環境問題は数十年前から政治的な意味合いが強いため、この温暖化問題も従前のテーマの代わりにこの10年の環境問題のキーとなりつつあります。米国がパリ協定からの離脱を正式表明しており、効果が不透明になっている中で我が国の行動も再考が必要かもしれません。発展途上国と先進国との軋轢、男女の差別等の差別問題、プラスチック等廃棄物問題等などを考えると国連のSDG’sに収れんしてしまいますので、我が国として、企業として、国民として温暖化問題等にどのように対処するかを独自の視点で整理し、発信することが重要です。

将来像を検討する際の現状の再認識の重要性と主要テーマの例示

個々の分野別には各専門家の知見が重要だと思いますが、併せて、国民の間での基本的認識を共有することが重要です。日本人はこれまで自虐性が強いこともあり、自国への過小評価と他国への過大評価があるため、事実認識が事実とかけ離れがちです。このため、将来の日本の社会像などを議論するには客観的な事項評価が重要です。

3つのカタチ議論は相互に関連している面がありますので、これを考慮して主要なテーマとその考え方を例示してみます。

「社会のカタチ」を考える(創造する)にあたり、必要な事項を思いつくままに記載してみます。

・我が国の現状の再認識とその共有が大前提:まずはどこからスタートするかが重要です。日本人は控え目、相手を大事にする、奥ゆかしい、表に出ない等の姿勢が強いのですが、これは大変大事な資質ですが、同時に自虐的な面もあり、なかなか、世界に理解されにくいものです(きちんとした説明を発信すれば理解されるものです)。また、日本の中でも自らを過小評価しがちである。常に自らは足りないと思い、日夜、向上に励むと言えばそれはそれで素晴らしいことですが、どうも、そうではなく後ろ向きになることが多いのが実態です。良いものは良いと自他ともに評価して、その次を目指す姿勢が重要です。差別意識が無い資質、治安の良さ、規律性が高いことはもとより、医療保険等の現行制度、年金制度の良さを十分評価していない向きもあります。世界の国、都市ランキングがいくつもありますが、これらに振り回されがちです。これらは算定主体の都合や計測可能案指標を使っているだけであり、順位の変動の余地は多々ありますし、これらの中にはブランドランキングのように日本が断トツ1位のものもありますが、これを紹介するマスコミ等は少ないものです。

明治以来、戦後以来、勝ち組の論理が跋扈していますが、そろそろ、日本人、日本の良い面や歴史をきちんと再評価した上で、その先を目指すべきです。年配者や地位の高い人々は間違いを自ら訂正することは出来ませんので、若い世代に期待したいところです。

・年金問題の前に、個々の生活設計と個人の住宅を資産として確立することが重要。

「人生100年時代」議論では短絡的に年金問題が争点になりがちですが、その前に前述したように個々の人生設計と予防を念頭に置いた健康管理が重要です。そして、資産形成において、住宅を資産とすることが不可欠です。我が国は残念ながら、他の国と異なり、「住宅は資産」ではありません。これが最大の問題です。我が国が今後とも「住宅が負の資産」のままで良いのか、あるいは、「住宅を資産」とする方向に転換するのかが問われています。誰が考えても後者のはずですが、必ずしも、そうではないことが大きな問題です。

現在35歳の世帯主が住宅を購入し、30年後の65歳でリタイアした際に、その住宅を売却・賃貸できるか否かで、その後の人生が変わります。(もちろん、途中で買換えをしてキャッシュアウトできることが望ましいことです)。住宅が資産であることを前提にした場合とこれまでのように資産では無いことを前提にするのでは数千万円の違いが出る可能性があります。2050年時点で持ち家の半数ぐらいが「住宅が資産である」ことになっていることが重要です。また、我が国の都市政策は利便性、安全性、効率性、快適性等の向上を目的にしており、成果を出していますが、その上に、さらに「資産化」を政策の目標として位置付けるべきと思われます。

・長期的人口減少は確定的であり、過疎地域が増加することは避けられないことを前提:一方で人口が少ないエリアの活用は十分あり得るため、それらの地域の維持管理は当該自治体ではなく、国が直轄的に管理する等の抜本的な考えも検討の余地があります。これまで、広域連携や広域連合等が制度化され、実現してきましたが、これらも限界があります。前述したように破綻自治体は議会も機能しないため、可能な範囲での自治体内収益と国の資金で新たな地域社会創生のためのマネジメントを行うことです。国から派遣する市長はシティマネージャーとしての役割になります。職員も国から派遣することになります。国家公務員にとって現場のマネジメント経験は有用(副市長等で出向ではなく、若い世代が担当職員として出向)であり、地域にとっても有能な人材が参画することで施策が広がります。

・道州制は地方創生の目的ではなく、手段であるため、過去にはずいぶん議論されましたが、現時点で議論することはあまり意味が無い?ように思われますが、目標の社会像によってはあり得るかもしれません。

・地域金融の再編の影響:世界経済・金融の影響は大きいものがありますが、それ以前に国内の地域金融が破綻・再編することになります。すでに、合併等が実施されています。地域への効果的な投融資をすべきですが、金融機関自体の存続に精一杯の状況であり、必要な不動産投資、都市開発などへの積極的な姿勢が見られません。地域への投資促進のたための地域金融を軸とした官民プラットフォームが設立されていますが、ほとんど実働していないのが現状です。地方では不動産投資に必要なノウハウを有する人材が欠如しているためだと思われます。不動産証券化、再開発、リノベーション、テナント誘致等の各分野の人材が必要とされます。すべての知見を有する人材は稀ですので、地元や大都市での実績を有する人材を集めることが重要です。

・人口の配置:上述したようにインフラ整備による土地利用への効果・影響を推計できる都市経済モデルにより算定して、地方での人口配置を再考すべきです。その上で目標やその実現のための施策を講じるべきです。

・資源の資産化:地域創生はかつての地域活性化、均衡ある発展等として取り組まれてきましたが、新たなフェーズに入っています。人口のピークを超えていることです。人口分散等は目標にならないため、各地にある資源を改めて見直して、それらを集客力のある資産とすることです。個々のものでは海外から人を呼べるものは限られていますので、円滑で低廉なアクセス、資源相互の連携、街としての設えなどに配慮すべきです。

・多様性への認識:外国人に関する議論の際に、日本は寛容性が低く、外国人に対しても差差別的であるなどと言われがちです。外国からも日本人は外人などの表現も含め差別的・寛容性が無いなどと非難されることもあります。しかし、差別的なのは欧米諸国の根強い基本的な精神である。日本人には全くないものであるが、それが彼らには信じられない。植民地支配、海外からの労働者移入等により、諸外国は多様な人種構成となっていますが、決して差別意識が無いわけではありません。しかし、いつまでもその姿勢では難しくなったため、多様性、寛容性、ダイバーシティ等と表現することにより、根底にある差別意識を隠しながら、表向きの多様で寛容的な社会風を装っているに過ぎません。多人種国とならざる得なかった彼らにしてみれば日本の社会をうらやんでいますし、一方で日本人に差別意識が無いことを信じられないため自分たちがしてきた行動や言語を扱うことに神経質となり、非難の対象となっています。それに同調する日本人がいることも大きな問題です。これまで世界になかった差別感の無い国民として世界に誇るべきです。慎重にやれば、それを発信しつつ、この意識に基づいて真の共生社会を構築することが可能です。むやみに、欧米が使っている、多様性・ダイバーシティーや寛容性などにかき回されないことが重要です。

・環境問題:日本はCO2排出量は世界の3.5%に過ぎなませんし、これまでも広義の環境問題に対しては他に先んじて取り組み、成果を上げてきましたが、国際的には非難の対象となっています。鯨の捕獲問題も同様ですので科学的な予測・課題と政治的な側面とを明確にして取り組み、その結果を世界に発信し、認知させることが肝要です。少しでも削減する努力は重要でが、仮に50%削減しても1.8%が削減されるだけです。過半を輩出している国々のさらなる努力を求めるべきです。CO2の削減は地球的に重要ですが、我が国はこれ以上の削減よりも重要な課題が多々あると思います。

・外国人の土地所有:外国人が土地を完全所有できる数少ない国の一つが日本です。寛容すぎますね。これは安全保障上リスクが非常に高いと思われます。水源問題等、これまでも指摘されてきましたが、抜本的な対策は講じられていません。理由は定かではありませんが、まずは禁止し、特別な事情のある際にのみ認可する方向で対応すべきでしょう。

・外国人居住と外国人との共生:上述した多様性の事項と類似しています。今後、相当数の外国人の居住・就業することは避けられません。うまく対処すれば大きな力となりますが、間違えると従来の先進国と同様に国別コミュニティが形成され、単に混在状況となり、負担の方がおおきくなります。世界で唯一、差別意識の無い国として、真の共生の実現の可能性は高いものがあります。世界から日本の文化を理解する等の優れた外国人が居住・就業する方向で考えればいいと思います。ただ、うまくやらないと声の大きい外国人に牛耳られ、後戻りできない(カナダや米国で韓国・中国人議員が大勢を占められている)等の状況に陥る可能性があります。いずれにしても急ぎすぎないことです。

・国連や国際機関への日本人職員、委員の増大:国連には多大な分担金を負担していますが、職員数は少ないのが現状です。国連からは人材の派遣を要望されているにもかかわらずです。日本ではそれが実績にならないこと等から、希望者が少ないとも言われています。単に人と金のバランスとい意味では無く、国連の各種委員会のメンバーになることが、日本の実情の理解を広め、提案等が通りますし、いわれ無き糾弾などを防ぐことができます。日本の国際的な政治力、発言力を高めようという気持ちが無いことが問題ですので、その意思を高めつつ、人材の派遣を図るべきです。

・地方鉄道と空港の再活用 :地方創生には国内間を安く、簡便に移動できることが重要です。そのためには、各県に存在する空港や地方鉄道の活用が有用です。空港は無駄な投資と言われ、地方鉄道は採算性のみで切り捨てられてきました。しかし、移動の自由度が交流を高め、資源の資産化にも資することになります。近年、欧米ではバスや鉄道などの公共交通が見直されています。幹線インフラも重要ですが、地方鉄道やバスを国が支援することは必要ですし、可能で、効果的なコスト負担だと思われます。

 

・人口減少すなわち市街地縮退なのか?:人口減少を背景にインフラの維持管理面からコンパクトシティ化が強調されています。もちろん、スプロール化は抑制すべきですが、かつては土地が無いために必要な施策が実現できませんでしたが、今や土地はあります。分散してはいますが、長期視点で対応すれば土地の集約化を図りながら、人口急増時期に出来なかったこと、例えばゆとりある生活空間等を実現することが可能です。相続税の現物納付や不動産の寄付等は消極的ですが、むしろ、積極的に受け入れるべきかと思います。

・日本独自の目標設定が世界のゴールにもなる:昨今、話題の国連のSDG’sは従来の断片的な議論を包括的にまとめた類であり、それ自体は良いことが記載されており、世界全体の大きな目標としては悪くありませんが、これ自体が日本や企業の目標ではないでしょう。日本の現状を踏まえた独自の目標設定が必要であり、これはこれまでに世界が経験していない状況を先取りしたものになるものです。そして、これを国連に提案し、SDG’s改訂(あるいは新たな目標)に反映するなどして、各国の目標設定の際に取り入れられるようにしたいものです。

美しい「グリーンアイランド」:「美しい国」、「美しい日本」等も言い得て妙ですが、これまでに使われてきたので、やや手あかがついてしまいました。特に、前政権で安部氏が使ったこともあり、内容はともあれ、政治的に埋もれてしまいました。日本の自然は世界に冠たる美しさ(一方で地方の建物等は酷い)であり、差別意識が無く、宗教に支配されず、規律ある奥ゆかしい資質そして良好な治安状態は美しいものですので、このハード・ソフト両面の美しさを前面に出すことは当然であり、世界にもアピールします。「グリーンアイランド」は島国を強調しつつ、この美しさを表現したものです。温暖化による危機もさることながら、世界のパンデミックはより深刻な危惧ですが、安全な島国として良いポジションにあります。どこに行っても美しい空間・システムを実現することにより、インバウンドの質・量ともに高まるとともに、国内外の優れた居住空間として評価されるでしょう。世界のセレブも率先して居住してくるはずです。

 

正確な情報のもとに、広く公募することにより創造力ある目標を探ることが可能

本稿(その1)では、これから日本のカタチを考えるための基礎的なことを並べてきましたし、スローガンとして「グリーンアイランド」を提示しましたが、今後多くの情報や各分野の方々と情報・意見交換する中で「カタチ」を考えていきたいと思います。

創造的な社会像で思い出すのは30年以上前のアップルのプロモーションビデオです。アップルがMacintosh SEを世に出した頃です。当時、在籍していた研究所(現三井住友基礎研究所)では創設されたばかりでしたが、思い切って70万円もするMacintosh SEを70台導入し、Ethernetでつなぎました。おそらく、当時の最先端の社内イントラです。このプロモーションビデオはマックを使った未来の社会を10分程度で表現したものです。当時、未来社会は壁一面にモニターやスイッチが並び、ライトがピカピカ点滅したようなイメージでした。ところが、ビデオでは「さあ、未来の書斎を紹介します」として出てきたのは重厚なチークウッド風の家財、革張りの椅子等のある古めかしい書斎でした。ところが一声かけると壁の一部や机がモニター変化します。i-padの大画面版です。そして、海外の仕事仲間とリアルタイムの会議をして、終わると元の静かな書斎にもどりました。意表を突かれましたが、なるほどと思った次第です。今でもこれは大きなヒントになると思っています。

さて、国の役割としては、自ら「カタチ」を提示することもありますが、将来像を考えるために必要な分野別の正しい推計値、専門家による分野別の将来予測、展望を示すことは大きいと思いますし、ある意味、責務だと思います。

その上で、広く国民の叡智を集めることが必要だと思います。

その意味ではかつで、明治100年を記念して総理府が募集したのはある意味、卓見といえるでしょう。それらで提示された案はそのまま共有できるものではないかもしれませんが、大いに参考になると思われます。令和に入り、平成を振り返ることもありますが、昭和100年を記念して募集するのも良いかもしれません。

新たな社会像自体も重要ですが、どんな切り口・視点、どんな表現なのかも興味あります。斬新でしかも共有できるものが出てきそうな予感もしますし、一度きりで終わる必要もないと思います。

短期・中期的な計画、施策も十分に対応しつつ、並行して、長期的視点での国のカタチ、社会像を国民に広く、深く考えてもらうことが必要ですので、新たな国民的コンペを開催することを提案したいと思います。