OPINION9村林006

【提言005】
<不動産の資産価値の再考>

・不動産は国民の主要な資産であると言われてきましたが、その実態は資産ではなく負債であることが多いものです。
住宅が個人の大きな資産として計上されていますが、その大半は土地であり、しかも、その土地の価格も減退しています。上物が税務上の減価とは別に、取引価格が低下していることは国民にとって不幸なことです。
・さらに言えば個々の住宅や建物の価値を左右する重要な地域・都市空間の価値化に向けての認識・取り組みは必ずしも十分ではありません。
・そして、各地にある資源の資産化による地域全体の資産化がポイントとなります。

■不動産の資産としての価値とは

「価値」については哲学面も含めて様々な定義や議論がありますが、不動産の資産としてお価値を議論する際の「価値」とは何でしょうか?そもそも、資産として考えられているのでしょうか?
不動産の価値は下記の①~⑤5つの側面があります。(住宅に関しては「住宅が資産になる日」(プラチナ出版)に記載しましたのでご覧ください。)

①資産価値:経済的価値-価格で表示
②使用価値:デザイン-審美性と嗜好アイデンティティー
        機能  -利便性とライフスタイル
        性能  -安全性と受益レベル
③文化価値:恒久性-真善美
④歴史価値:歴史性、希少性
⑤学術価値:諸学術対応

出典:住宅が資産になる日(プラチナ出版)

経済的価値は取引の貨幣価値であり、最終的にはこの需給関係で決定される価格に収斂されます。すなわち、この不動産に関する経済的価値を構成する多様な要素が重要です。

改めて、①以下の各価値について見てみます。

①資産価値

上述したように不動産の価値は資産としての価値に収斂されます。これが取引価格として表現されます。問題は「資産」としの評価です。住宅は本来は個人の最大の資産であるはずですが、政策的にも個々の購入者の念頭にも「資産」として考えられていませんので、資産価値としての価格が形成されていません。最終的にはこれを認識・解決することが重要です。

②使用価値

不動産の場合はこれが重要になります。住宅でも商業施設でも同様です。
デザイン・機能・性能の3つの視点で構成されます。本来は機能・性能の充足は建物としての最低条件であり、価値を左右するのがデザインであるはずです、残念ながら、現状では機能・性能も不十分です。

昨今、ようやく国レベルで住宅の省エネ基準の適合義務化が検討されましたが、結局、反対する業界があり、先送りになりました。これでは、いつまで経っても使用価値が充足されないため資産としては表か出来ません。省エネ基準は地球温暖化対策ではありますが、住宅の資産価値の観点から必要な事項です。そして、さらに重要なのはデザインです。デザインはともすれば見かけのかっこよさや他との差別化等と受け取られがちですが、定評を得られる持続的なデザイン(スタイル)が重要です。数十年後にも取引されるということはその時点でもそのデザインが多くに受け入れられる必要があります。一時的なその時代だけのデザインでは価値がありません。だから、日本の住宅は竣工後に経年減価してしまいます。
同時に建物の価値はそのエリア、都市全体の空間の魅力に依存しますが、その魅力は街並みです。
以前よりアーバンデザイン等と称して、街のデザインを規制・誘導する政策が多くの都市で取られています。高さや使える色等の規制・誘導や大規模開発でのシンボルの位置づけや景観軸の形成等が行われています。しかし、街並みは建物のファサードにより創られますので、従前のデザイン政策では美しい持続的な街並みは形成されません。開発でのコンペや再開発でのデザインにおいて周辺の街並みとの整合等が主唱されることが多いのですが、そもそも整合を取るべき街並みはありませんので、結局、高さを揃えるあるいは目立った色は使わない程度となります。もし、開発の誘導策があるとすれは、将来、その建物の周辺が長けかえられる際に整合すべきものを作るように誘導することです。

例えば、女川町の駅前の復興計画であるシルバーピア女川でのデザインは良く考えられており、グッドデザイン賞などを受賞しています。デザイン会議の主導により「レンガみち沿道では、建築物のファサード、素材、屋根並み等を綿密にデザイン調整」がされていて素晴らし空間が形成されています。そして、これが優れている点は当該エリアのみではなく、隣接の民間施設の建設がこの街並みと整合を取っていることです。個々が勝手に作るよりはこのデザインの沿って建てた方が全体の価値を挙げ、そして、自らの建物の価値も上げると判断したことです。このように周辺に影響するようなものを先導的に作ることが重要です。

また、個々の建築主あるいは地主が長い目で将来に亘って資産となるような街並みの起点となるようなデザインを心がけることが重要です。

③文化価値:恒久性-真善美

文化とは何かという難しい論点を含んでいます。言い換えると学問、道徳、芸術を表象した恒久的な概念としての文化の視点からの価値ですが、文化に対する評価は時代によって、国によっても異なる面があり、対象に文化的価値があるのか、どの程度あるのかを客観的に評価することは難しいものです。

取引の価格とは直接関係は無いものの、文化的価値が高く、さらに歴史的価値があるあるものは高く値付けがされます。
著名な近代建築でも数十年を経て、多くが壊されてしまいます。建築学の中で重要な意味があると位置付けられていればそれも一つの文化的な高い評価ですが、経済面で合わなければ存続しません。商業建築でも公共建築でも同様です。博物館で保存できないだけの理由かもしれませんが、どう考えれば良いでしょうか。もしかすると対象となっている建築物は残すほどの価値が無いのかもしれません。いずれにしても当時、大きな話題となり、業界なり社会で高く評価されものはもう少し残しておいてもいいかもしれません。

④歴史価値:歴史性、希少性

千年以上も前の残存建物は時代を反映しているため、その歴史自体の意味とその経過年数自体に価値があります。長い間に様々な状況(火災、自然災害、社会的使用価値、自然劣化等)に耐えて、今に残っていることは自体の希少性と言い換えても良いかもしれません。

経過した時間は二度と取り返せませんので、千年前に作られたものと同じものは千年後にしか得られないというものでもあります。
これには文化的、芸術的な視点が含まれる場合もありますが、美しさ自体は歴史的価値とは基本的には関係ありません。その時代を象徴するような建物等であれば美しさやデザインの良さとは関係なく、歴史的価値と認識されます。

また、歴史の評価自体にもある価値観が反映されますので、対象に歴史的価値があるかは評価時点での価値観に依存するものです。しかし、多くに歴史的価値があると評価されて初めて歴史的価値があると認識されるとすれば一度歴史的価値があるとされればその後も同様の評価を受けることになると思います。一方、経年による評価は客観的ですので分かりやすいものです。従って、建物を存置するか取り壊すかを議論される際には、内容の議論もさることながら少なくとも100年以上に渡り残存してきたこと自体を評価することでその建物は原則存置すると考えるべきでしょう。

さらに言えば歴史を残すということには歴史を保存することでもあり、それが現在や未来に対して何らかの示唆を与える等の意味があると考えるべきかとも思います。そして、現時点で作っているものも今後は歴史の一部として保存されるものです。

⑤学術価値:諸学術対応

これは各分野の学会がそれぞれ表かすべきであり、その業績や関連の事象・事物がその価値を有することになります。
建物等での学術的価値は重要文化財の指定の条件は下記の内一つに該当することであり、学術的価値もその一つです。

(1)意匠的に優秀なもの
(2)技術的に優秀なもの
(3)歴史的価値の高いもの
(4)学術的価値の高いもの
(5)流派的または地方的特色において顕著なもの(〈1〉~(3)にも関連する)

■不動産の価値

さて、不動産の価値とは何でしょうか。一口では言い難いところがありますが、要は実物であることの価値であり、そこでの様々な活動が多様な価値を生み、資産として醸成されることです。

<不動産資産と金融資産>

投資分野で良く対比されるのは「金融資産」です。金融資産といっても現金から金融商品等多様な形態があります。「不動産は良くわからないし、不動産業界も怪しいが、それに比べて、金融商品は金融機関が関与していますし、行政の規制も厳しいので安心」等との声もあります。しかし、多様な金融商品の中には手数料が過大だったり、仕組みが理解できない、価格の変動が大きい等の課題もありますし、ただの紙切れになってしまうリスクもあります。その点、不動産は紙切れにはなりません。賃料が下がってもモノとして残っていますので賃料が下がっても利用価値は存続します。もちろん、多大な資金を投入した物件ですと金融機関等はは回収できなくなる可能性はあります。それでもモノとしては残りますので再生事業が可能です。また、J-reitは金融商品ですが不動産からの収益だけが原資ですのである意味不動産への投資となります。

もちろんモノとして残っても資産価値の無い状況では意味がありませんので、資産価値が持続する不動産が重要であり、これこそ資産として盤石です。

<資産価値を支える日本の社会的安定性>

不動産の価値を維持するには社会の安定性が不可欠です。政治的、制度的、経済的、安全保障的等の社会的な安定性・安心感です。この意味では「日本」は世界で最も安定した社会構造を長期にわたって維持してきましたので世界で最も高い価値を有しています。従って、本来は不動産の価値が世界で最も高いと言えます。本来は資産としての不動産を保有するなら日本が最適です。
そもそも、海外では道一つ隔てると荒廃地区がある等の状況ですので資産価値を守るために必死でした。HOA(Home Oners Assodiation)もそのために厳しい管理規約の下にマネジメントしてきました。言い換えると我が国では幸いなことに市街地は「腐っても鯛」的であり、木造密集地区等の居住水準の低い地区でも犯罪率は出火率が高いわけでもなく、むしろ安定したコミュニティがありました。そのため、必死に資産をまもるという動機が薄くなったのでしょう。マンションでの管理はようやく区分所有法にて義務となりましたが戸建ではこれを援用したものも一部にありますが大半は何もありません。それでも地区の荒廃はありませんでしたので逼迫感が起こりませんでした。素晴らしい社会環境ですがそれが仇になりましたが、本来は金融、行政、企業の専門家は分かっていたはずです。

この本来的な価値を十分に活かしているとは言えません。しかし、近い将来、改めて、国際的に評価され、それを背景に新たな日本の社会像を明確にしてまちづくりに取り組むことになると思います。

<街の価値>

不動産の価値は基本的には、その建物に住んだり、そこで生産したり、働いたりするために使用するための器としての経済的価値であり、簡単に言えば、売買・賃借できることです。商業不動産はほぼこの定義で流通しています。収益性の高い地域では賃料が高いということです。銀座地区の地価や賃料は極めて高額です。一坪数千万円以上ですし、賃料も路面では20万円/坪レベルです。これらの価格で取得して利益を出せる商売はほとんどありません。それでも取引はされています。言うまでも無く、これはブランドの価値です。ブランドは何かということになりますが、これは上記の使用価値であり、抜きんでて性能・機能そしてデザイン三拍子が揃い、それが定評を得たものと言えるでしょう。バックや服等の分野が分かり易いものです。では、銀座のブランド価値とは何でしょうか。そこに立地している不動産からの収益だけでは採算が取れません。使用価値とは言いにくい面があります。敢えて言えば街の名称(東京を代表する「銀座」という)の利用価値であり、これこそ、地域の資産価値であり、不動産の特徴でしょう。不動産は単体も重要ですが、実は街の価値が重要です。そして、この街の価値は歴史性、文化性、希少性等などすべての価値の総体的価値と言えます。
京都はこれらの観点から群を抜いていますので、観光都市として追随を許しません。東京はこれらの要素に加えて、使用価値が最大と言えます。そして、銀座はその中でも特殊な得難い地区です。

<地球環境にやさしい不動産の価値とは>

耐震性や断熱性等の機能・性能が重要視されてきました。とは言え、これらもまだまだ十分ではありませんが、オフィスビル等ではかなり充足してきました。

そして、昨今はゼロミッション等地球環境に負荷を与えないことが重要視されています。
もちろん、環境負荷が小さきことは重要なことです。断熱性が高ければ余計な熱を出したり、除去する必要がありませんのでCO2の排出は少なくなります。また、維持管理費も低減されますので、地球環境に負荷を与えないような機能・性能を備えていることは有用です。

しかし、敢えて言えば地球環境にやさしいゼロエミッションの不動産=資産価値があるでしょうか?極端に言えばゼロエミッションは不動産価値とは関係がありません。持続的不動産でなくてはなりません。環境負荷が小さいことはその必要条件にすぎません。
大事なことですが、これは不動産価値にとって手段・条件であり目標ではありません。いくら、ゼロエミッションの住宅をつくってもこれまで通りの住宅をベースにしていたのではやはり10年も経てば売却・賃貸できない資産価値の無い不動産となっていまいます。

<スマートシティへの期待>

国土交通省ではスマートシティへの取り組みを推進していますが、スマートシティはこれまでとは少々、様相が異なっています。その定義を『都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区』(スマートシティの実現について(中間とりまとめ) 平成30年8月国土交通省都市局)としていますし、「スマートシティモデル事業」等(シーズ提案、ニーズ提案等)が選定されて、始動します。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57031?page=2

これまでの環境対策やIT活用を重視したものから「技術オリエンテッドから課題オリエンテッドへ」そして「個別最適から全体最適へ」を標榜していますので、都市空間の資産価値形成に向けた包括的な新たな取り組み姿勢と言えます。

モデル事業に選定された事業はすでに実施中のものですが、各地区ごとに課題も活用技術も異なるため、今後の他の地域で大いに参考にはなると思います。それぞれ目標はあると思いますが、真に空間の資産価値が持続することを念頭に地域の将来像を明確にするかが事業の成否の鍵ですね。新たな技術もあるので実験的なのかもしれませんが、膨大な人的・資金的コストをかけて、これまでのように数十年後には先日発表されたトヨタの裾野市での提案実証都市(「コネクティッド・シティ」計画)なども今後この概念に組み込まれるかもしれません。BIG(ビャルケ・イングレス・グループ)による未来的な画像は魅力的ですが、単に一企業の試行にとどまらず、国際的な研究者や企業が集まるサイエンスシティとして取り組んで欲しいものです。

<無価値の価値>

矛盾する表現ですが、ある側面・人にとっては価値が無くても、別の側面・人には価値があるということです。特に経済的な価値が無いものは定性的には誰かにとっては価値があることが多いかもしれません。

卑近な例では、昨今話題の空き家があります。住宅市場が整備されていない我が国では新築の大半は流通しませんので資産としての価値は0(あるいはマイナス)です。

それでも立地等により、一定の価格で取引されるものはありますが、多くは二束三文です。すなわち、一般の住宅としてはほとんど価値がありません。しかし、世の中には一般の賃料では借りることができない人達も多くいます。これまでは公的な対処がされてきましたが、財源にも限界があるため、民間による供給も期待されています。問題視されている「貧困ビジネス」はそのすき間的な事業ですが、多くは貧困高齢者に対してきちんとした居住空間やサービスを供給することをやっています。「無料低額宿泊施設事業」はその代表例です。重要な事業ですが、市場にある賃貸住宅はもちろん新築などでは無料・低額で提供することはできません。一方で価値のない中古住宅は山ほどあります。この事業者へは仲介会社からどうにもならない物件が持ち込まれるようです。捨てる神あれば拾う神ありです。所有者は固定資産税を賄えれば御の字ということで極めて低廉で借りたり、取得できますので、一定のリノベ等を実施して、無料・低額で高齢者等が使うことができます。皮肉なことに住宅に価値が無いため、セーフティネット用の物件が流通することになります。もちろん、このこと自体は決していいことではありませんが、そのおかげで助かる人達も居ます。

■地域の資源を資産へ

日本全体の人口ピークが過ぎて、いよいよ急激な人口減少が現実のものとなってきました。地方では数十年前からの実情・懸案であり、国の計画も当時から地方活性化が主たるテーマでした。この間、多様な地方活性化に関する政策が講じられてきましたが当然、大きな流れは変えられません。現在は「地方創生」として取り組まれていますがインバウンドの影響・効果もあり、また、ピークアウトしたことも背景に新たな時代に入っています。

この間にも、地域によっては大きな成果を出していますし、スマートシティモデル事業地区の中にも見られます。スマートシティは実験的ですが、将来のまちづくりへの多くの示唆が得られると思います。

全国には多くの多様多種の資源があります。かつて、1980年代には大分から発した一村一品運動がありましたし、バブル期には国土庁等により小さな世界都市のコンセプトも広まりました。小さな町でも地域の固有性をアピールしようとするものです。

これらは有効ですが多くの地域で同様の取り組みが行われたためその特徴が発揮できないままになっている地域も多くあります。

当時はまだまだ、発信力・発信ツールが限られていましたので人知れず埋もれてしまったものもあり、もったいない時代でした。昨今のインバウンドの活況はやはりSNSの効果だと思いますのでこれまで効果が無かった資源開発も今後は改めて脚光を浴びる可能性が高いと思われます。

いずれにしても各種の資源はその存在や魅力が多くの人に知られることが「資源の価値」が「資産化」するための第一歩です。

<資源としての自然から資産へ>

日本ほど自然に恵まれ、大事にしている国は無いでしょう。長い間、そして今後も国土の約7割が森林です。ヨーロッパではギリシャもドイツ(産業革命時に枯渇。その後人工林で再生)も山は丸裸にしてしまいました。あの石の立派な神殿の柱列も材木が無くなったからこその産物です。紅葉等の四季折々の変化ある美しい山並み等の自然風景は本当に素晴らしいものです。中世の守護大名達は城の中に江戸や京都の庭園を模して、城郭と庭園のセットとなり、江戸時代には江戸の上屋敷・下屋敷でも広大な立派な庭園を造作し、さらに国元でも同様の庭園が造られました。武士たちがこのように自然を取り入れた文化を醸成したことは素晴らしいことですし、その庭園の多くは現代にも残されています。

昔から自然を大事にして愛でていたことは事実です。では、日本人が自然が好きだったかというとそうでもないような気がします。
一般的には、江戸時代から人々はまちに住んで楽しむことの方が好きだったのではと思います。現代でも何度もアウトドアブームが来ましたが、それはアウトドアが根付いていなっからであり、キャンプ場ももう一つ活況を呈しません。アメリカ人はリタイア後は自然の中で牧場経営をすることが理想のようですし、実際、名を挙げた成功者達が実践しています。我国では経済的余裕のある人達も働ける限り働く的なライフスタイルが多く見られます。

また、地方の人達は美しい自然をあまり有難がりません。身近にあるから感じないという見方もありますが、そうではないと思います。アウトドアライフが身につかないのはあまり自然との関りを持ちたくないのでしょう。

一方、特に欧米人達は日本の自然を大いに評価しています。中には住み着いている人達も居ます。

日本人が減少している中でインバウンドに力を入れるとすれば外国人たちが好む自然を生かすことが一つの方法です。自然が資源として大いに貴重なものとなっています。

SNSによる発信もますます増えますので隠れて知られざるモノは少なくなり、本当に素晴らしい自然は知られるようになります。そして、その結果、すでに山奥にまで外国人環境客が行くようになりつつあります。

問題はそれがいつまで続くかです。リピーターになるのか、来訪した観光客が口コミ等で母国でPRするのかです。それが無ければせっかく資源として位置付けられたものが死蔵されます。これらを集客力のある資産とするには、点としての資源では限界があります。まち全体としての価値を挙げる必要があります。

日本人は自然が元来好きではないように、地方の方々は普段の暮らしに晴れが感じられません。特に美しい自然に対して、建物は本当にみすぼらしいものです。点としての資源に辿りつくまでが残念な空間が続きますし、資源の周辺も放置されています。言うまでも無く、農村等には青いトタン屋根、大小の広告物の乱立等で自然に対してあまりにも劣ります。人々もあまりに普段着で出かけますし、家の中も整理されていません。そして、肝心な「街並み」がありません。地方都市でも同様です。

これでは、外国人のリピーターは期待できません。せっかく、広く知られた多様な資源も行ってみると酷いということになりかねません。

温泉もそうです。数十年前から廃れ始めましたが、それはあまりに施設が酷いからに尽きます。自然からの恵みである温泉を自然の中で浸かるのは至福の楽しみですが、かつての温泉街は団体中心となり、そのまま時代のニーズに取り残されました。昔ながらの温泉宿を守ってきても施設の管理が酷く(要は汚い)て、日本人ですら敬遠する始末です。これを放置したまま客離れを嘆いている状況ではせっかく温泉の良さをアピールしても誰も来ないことは明らかです。中には古びれた温泉を求める外国人たちも居ますが少数派でしょう。

温泉の再生が昨今盛んなのは、温泉はもとより、汚くても温泉宿自体は資源だからです。もち論誰にでも出来るものではありませんが、資源でなくてはどうしようもありません。従来の地方経営者はかつての好況の夢を忘れられなくて、資源の資産化を忘れています。温泉の再生は単独の施設や運営の改善のみならず、温泉街全体さらにはそこに至るまでの街並みを整備することが不可欠です。見かけは一見古びた懐かし雰囲気を醸し出しながら、実は背景には高度なICTによるモビリティやサービスが充足しているような環境が不可欠です。

<資産形成としての街並みの重要性>

ロンドン、パリ、ベネチア等ヨーロッパの古い町の多くは数百年を耐えた街並みが存在し、いまでもその街並みが街自体の価値を表象しています。植民地支配からの膨大な利益を投入して地主・資本家・為政者達は素晴らしい建物そして街並みを造りました。単に見かけが美しいもの造ったわけではありません。時代を経ても持続的に高く評価されて、高い賃料がとれると考えての再投資、すなわち、さらなる資産を生み出す箱としての位置づけです。このポイントはある一時点での評価ではなく持続的な定評を得ることを念頭に置いたことです。時代を経て設備的に多少の不備があってもその空間の価値は変わりません。パリは誰もが住みたくなる街ですが、建物の設備はさすがに老朽化しています。それでも高いコストをかけて改修しつつ、住み続けます。機能や性能は後日取り換えられますが建物のデザイン、さらには街並みは変えられません。従って、将来に亘って変えなくてもいい高いレベルのデザインのものを作りこみます。数百年前の資産形成の思惑は正しく、今でも続いています。我が国でもアーバンデザインの概念がかなり前から導入され、行政によってはその所管部署もあります。しかしながら、高さや色彩等の規制、新規開発における景観軸の形成等に止まっており、結果として素晴らしい街並みはほとんど形成されていません。かつての銀座レンガ外の方がよほど素晴らしいと思います。

欧米では過去の素晴らしいストックをベースに新規開発や再開発の規制・誘導が行われています。歴史の無い米国でもヨーロッパの歴史を引き継いでいます。

街並みのポイントはファサードのデザインです。我が国のデザイン行政は形態のみでありファサードには全く関与していません。これでは街並みは出来ません。本来は行政に依存するのではなく地主や投資家(金融機関も含めて)が投資効果を考えて持続性のある資産となる建物・街並みを作り上げるべきですね。

海外の主要都市にはデザインセンターが設置されており、街並みのリアルな模型が展示されています。単に市民に街を身近なものにすることが目的ではなく、開発時においてデベロッパーや地権者に対してファサードを含めてデザインや形態等を誘導することが目的です。周辺の街並みに沿ったものでなくては許可されませんし、そうすれば新たな建物も資産価値が生じます。我が国でも都市の精緻な模型はありますが、街並みの誘導には使われていません。残念ながら、日本の都市には習うべき街並みがほとんどないことが原因です。従って、街並みの政策は形態規制と周辺の街並みとの調和等にすぎません。周辺との調和といっても調和すべきものがありませんので、形骸化しており、結局、妙な建物が建ってしまいます。従って、周辺との調和ではなく、将来周辺が建替え・再開発する際に調和されるようなデザインのものを創るように誘導すべきです。その判断は難しいものですが、本当に良いものは誰もが良いと感じるものです。ここで避けるべきは一部の反対者や知見の無い有識者等の参画です。東京オリンピックの国立競技場の惨憺たる状況をみれば分かります。

そして、都市政策の目標として「都市空間の資産化」をベースにすべきということです。近年では「稼ぐまちづくり」が使われることがありますが、これでも良いかもしれませんが、行政自体が稼ぐべき的な意味合いもありますので、ややミスリード感もあります。
ハードよりソフト等との良い方もあります。両者を対立的に扱うべきでは無いですが、ア敢えてい言えば、都市では何といってもハードとしての街並みが重要であり、その上で、多様な活動やリノベーションがされることが重要です。

<災害に強い建物・街>

昨今は気象異常による我が国のまちづくり、国土形成は災害との戦いの歴史でした。

災害対策については、本リーサオピニオン*の2019年7月分(平成を振り返る(その2)「災害・震災への対応」)でテーマにしましたので、いずれ、その続きを記載しますが、一言で言えば「被災する可能性の高いところに街を造らないこと」に集約されます。
昨今は国土のレジリアンスが大きな政策テーマともなっており、重要性が再認識されつつあること、また、かつては話題にもできなかったハザードマップが受け入れられて公開されていることは好ましいことです。

コンパクトシティもかつての掛け声から地道に進められていますが、時間距離。空間距離の小ささが重要(社会資本の効率化の面ではそうかもしれませんが)というよりは地域毎の特性に応じた住みやすい空間、資産価値のある空間形成そして安全安心な空間を形成すること自体が重要なことです。

このオピニオンの7月分にも記載しましたので、本稿ではここまでにして、続きはまた改めて、まとめたいと思います。

<不動産価値の資産化は誰が担うのか>

不動産価値の資産化についてはまだまだ、記載すべきテーマはありますが今回はこれまでにしますが、その資産化は誰が担えばいいのでしょうか。

不動産に関わる業種・業態は多様であり、民間から公共まで様々です。

不動産の所有者(個人、法人、行政)、設計業、仲介業、PM/AM関連業、開発・再開発企画・事業、リノベーション関連事業、設備関連業、弁護士・税理士、金融関係者、行政(国、自治体)等々です。

現状では、住宅購入者は老後の安心を買い、仲介業者は仲介手数料を得られれば良い、リノベ業者は中古物件を安く買い多少のリノベをして売却、金融機関は低いデフォルト率の中で住宅は形式的に担保、デベや住宅会社は当面売れ筋を供給、行政は個人の資産形成に関与しない等です。それぞれは必要最低限の仕事はしていますが、その結果、住宅を始め不動産が資産になりそこなっています。せっかく、世界一安定した社会の中にいるのに残念なことです。

不動産を資産とするにはすべてのステークホルダーが資産形成を目標として行動することに尽きます。特に国民が住宅の購入を「資産形成」と考えることがまずは第一でしょう。そうすれば関連する業界・行政はそれに沿った行動をとることになります。

先取りして、行政の都市・住宅政策も都市や住宅の資産形成を目標の一つにするべきです。デザインコントロールはファサードを重視するようになりますし、被災可能性の高い地域への立地は抑制することになります。金融機関も住宅ローンにおいて住宅の価値を担保にすべきです。そうすればほとんどの住宅を担保に出来なくなりますので、改めて、住宅供給関連企業に資産価値のある住宅を要求することになります。

人口減少時代の日本の社会像や舵取りが問われていますが不動産価値の資産化を常に念頭に置くことにより、新たな方向が見えてきます。関連の施策は拙書「住宅が資産になる日」(プラチナ出版)やリーサオピニオン*2019年11月分(日本のカタチ)等にも記載しましたので参照してください。
*:リーサオピニオンはhttps://resanet.or.jp/resaopinion/